事例紹介 ベトナム・ハノイ SDQを用いた支援可能性の調査

2026.03.18

発達に特性のある子どもへの支援は、医療や教育の体制が整った国でも難しい課題です。ましてや、専門の人材や公的な仕組みがまだ十分に整っていない国では、支援の手はなかなか届きません。そうしたなかで、多様な子どもたちの個性とウェルビーイングを支えるデータ活用技術開発(WeBB)の取り組みの一つとして、発達支援アプリ「Baby Track Navi」を用いた調査がベトナム・ハノイで行われました。

発達支援アプリ「Baby Track Navi」には、国際的に標準化されているSDQという発達を捉える尺度が搭載されています。このSDQはベトナムでも使えるのか、そして現地の子どもと家庭が今どんな状況にあるのかを探る、探索的な調査です。本記事では、その取り組みの内容と、そこから見えてきたことをご紹介します。

ベトナムの子どもと家庭が置かれている状況

ベトナムでは、発達に特性のある子どもが増えているといわれます。けれども、その発達を見立て、診断や支援を担う医師や心理士は慢性的に足りていません。人口一万人あたりの専門人材はごくわずか。病院の前に親御さんが長い列をつくり、順番を待つような光景も珍しくないそうです。

国としての制度や仕組みもまだ十分には整っておらず、支援の担い手はもっぱら民間の療育施設が中心です。なかには、わが子のために必要に迫られ、自ら療育の場を立ち上げた親御さんもいるといいます。

こうした状況のなかで、子どもたちは二つの壁に直面しています。一つは、そもそも医療にかかれず、診断にたどり着けないこと。もう一つは、たとえ診断を受けても、その後の継続的な支援につながっていかないことです。実際、診断があってもその先の支援を受けられていない子どもや、逆に診断はないまま、親御さんの判断で民間の療育に通っている子どもが、少なからずいるといいます。専門機関に届く前の段階で、多くの家庭が支援から取り残されてしまっているのです。

活用したツール「Baby Track Navi」のご紹介

今回の調査で活用されたのは、エフバイタル株式会社が開発した発達支援アプリ「Baby Track Navi」(BTN)です。

BTNはスマートフォンから利用できる発達支援アプリで、保護者がSDQ(Strengths and Difficulties Questionnaire/子どもの強みと困難に関する国際的な質問紙)などの発達質問紙に回答すると、子どもの強みと課題を整理した発達レポートが自動的に作成される仕組みになっています。家庭にいながら、まず子どもの特性を知る入り口になるツールです。

ベトナムでの調査にあたっては、このアプリのベトナム語版が用いられました。SDQは、信頼性や妥当性が確認され、多くの国で使われている尺度ですが、ベトナムではまだ標準化がなされていません。そのため今回は、「SDQがベトナムでも使えるのか」を確かめること自体が、大きな目的の一つでした。

調査の対象となったのは、ハノイに暮らす二歳から七歳までの子どもと、その保護者です。調査を担う現地の企業を通じて参加者を募り、SDQに加えて、子育てや家庭環境についての質問紙にも答えてもらう形で進められました。

調査から見えてきたこと

▶ ひとつめ|SDQが、ベトナムでも手応えがありそうだと分かった

まず、SDQのスコアと、母親が感じている子どもの困りごととのあいだに、関連が見られました。たとえば、注意が続きにくいといった困りごとを母親が感じている子どもは、SDQでもそれに対応するスコアが高く出る、という具合です。

参加した人数は百人あまりと小規模で、これだけでSDQが完全に有効だと言い切れるわけではありません。それでも、家庭で捉えた実感とSDQのスコアが結びついたことは、「より大きな調査へと進んでいける」という確かな手応えになりました。第一歩として、意味のある結果です。

▶ ふたつめ|日本の基準は、そのままでは当てはまらない

一方で、日本で標準化されたデータと照らし合わせてみると、ベトナムの子どもたちの結果は、出方が少し違っていました。日本の平均的な基準を、そのままベトナムに当てはめることはできそうにない、ということです。

これは裏を返せば、ベトナムでSDQを活かしていくのであれば、ベトナムの子どもたち自身の基準や平均を、あらためて調べていく必要があるということでもあります。今回の調査は、その大規模な取り組みへ向けた出発点を示すものになりました。

▶ みっつめ|何より、母親たちがとても困っていた

そして、この調査でいちばん強く見えてきたのは、発達障害のある子どもを見つけ出すということ以上に、子育てそのものに悩み、困っている母親が数多くいる、という事実です。

子どもに特性があるかどうかにかかわらず、日々の子育てのなかで一人で抱え込み、ストレスを感じている母親が少なくありませんでした。発達支援の話は、ともすれば診断や医療に寄りがちです。けれども、その手前にある「お母さんたちの困りごと」に光が当たったこと——これこそ、今回いちばん大切な気づきだったといえます。

これから――ベトナム、そして次の一歩へ

Baby Track Naviは、診断を下すためのツールではありません。けれども、まず家庭で子どもの特性を知り、子育てに役立てる。そして、気になることがあれば、医療や支援の場へとつないでいく――その足がかりになりうることが、今回の調査から見えてきました。

今後は、ベトナムでのSDQの標準化や、より大規模な調査を見据えています。そしてこの取り組みは、発達に特性のある子どもだけのものではありません。どんな家庭の、どんな子どもの子育てにも役立つ入り口でありたい――そうした思いが、この小さなトライアルの根っこにあります。

医療や制度がまだ追いついていないなかでも、家庭の側から支援への道すじをつくっていく。ベトナム・ハノイでの一歩は、その可能性を静かに示してくれています。