事例紹介 静岡県立浜松江之島高等学校 不調の早期発見と組織的支援体制を実現

2026.03.18

学校では毎朝、先生が子どもたちの健康状態を確かめる「健康観察」が行われています。子どもの体調だけでなく、心の小さな揺れやSOSにどう気づくかは、学校現場にとって大切なテーマです。

静岡県立浜松江之島高等学校では、公益社団法人 子どもの発達科学研究所が提供する健康観察のデジタルツール「デイケン」を導入し、生徒一人ひとりのサインを学校全体で見守る取り組みを進めてきました。本記事では、その取り組みの内容と、現場で見えてきた変化をご紹介します。

浜松江之島高校が向き合ってきた課題

多くの学校では、一日の始まりに先生が子どもたちの体調や様子を確認する「健康観察」を行っています。けれども、その現場には共通する難しさがあります。子どもたちの本当の状態を聞きとるのは、実はとても難しいのです。

たとえば教室でみんなの前で「具合が悪い人は」と尋ねられても、正直に手を挙げられる子どもは多くありません。これは紙のシートを使っても同じです。実際に浜松江之島高校でも以前は、養護教諭が各クラスに健康観察用の紙のファイルを配り、回収するという方法をとっていましたが、特に記載のないことがほとんどでした。よほど体調が悪くならない限り、生徒が自分から保健室を訪れることもほとんどなかったといいます。

心や体の不調を周囲に知られたくないという気持ちは、思春期の高校生にとってとりわけ強くはたらきます。だからこそ、本当の状態を聞きとるのは難しく、結果として、本当に支援を必要としている子どものサインが、表に出てこないままになっていたのです。

導入したツール「デイケン」

そうした状態を受けて、浜松江之島高校は、子どもの発達科学研究所が開発したツール「デイケン」の採用を決めました。

デイケンは、学校現場で行われてきた「朝の健康観察」をデジタル化することをコンセプトに作られた、子どもの心と体の状態の変化を捉えるためのツールです。

生徒は毎朝、自分のタブレットやスマートフォンから、その日の体調や気分、そして先生への相談希望の有無を入力します。

デジタルで手元だけで答えられるため、「周囲に知られたくない」というこれまでの課題をクリアできるのが大きな特徴です。誰の目も気にせず、自分の状態を先生に伝えられます。

それだけではありません。デイケンは回答データを分析し、前の週からの変化を捉えて注意のサインを知らせてくれます。「いつもと違う」という小さな変化を早い段階でキャッチできるため、教職員は学校単位で子どもたちの状態を即時に把握できます。慣れれば入力は短時間で済み、生徒にとっても負担になりません。

デイケンは、その効果が科学的に確かめられているツールでもあります。これまでの研究では、デイケンを実施した学校は、実施していない学校と比べて、いじめの被害率や新規の不登校発生率が抑えられたという結果が得られています。さらに研究を重ねるなかで、デイケンによって子どものメンタルヘルスの不調を予測できることが立証され、論文として発表されました。日々の小さな変化を捉えるという発想が、確かな根拠に支えられているのです。

現場で生まれた変化

デイケンを使いはじめて、現場ではいくつもの気づきが生まれました。なかでも養護教諭が驚いたのは、「おなかが痛い」と訴える生徒が、こんなにも多かったのかということでした。

それまで一度も口にしたことのなかった生徒も少なくありません。話を聞いてみると、「実は中学校のころからずっと続いている」「慢性的に痛い」という子どもがたくさんいました。声をかけて事情がわかったことで、その子がどんな思いで毎日を過ごしてきたのかが見えてきます。「この子はこういう子なんだ」と理解できるようになったことは、日々の関わりのなかで大きな支えになっているといいます。

相談を受けとめる、学校全体の仕組み

デイケンには、毎日の健康観察に合わせて、相談したいことがあればその希望を伝えられる機能もあります。相談相手は「担任」と「担任以外」から選べるようになっており、浜松江之島高校では、この点が特にありがたいと感じられています。

高校生になると、担任に直接は言いづらい悩みも出てきます。実際に「担任以外」を選ぶ生徒は少なくなく、その背景には、相手によっては打ち明けにくい話があるという事情があります。相談先を選べることで、子どもは自分が話しやすい相手に、安心して気持ちを伝えられるようになりました。

そして浜松江之島高校で何より特徴的なのは、こうした相談を学校全体で受けとめる流れが、丁寧に作り上げられていることです。

まず、保健主事の先生が毎朝すべての相談に目を通します。「担任以外」を希望した生徒については養護教諭に共有し、養護教諭は担任にも「この子が担任以外を選んでいるが、どう対応するか」を必ず相談します。誰が声をかけるのかを学校として明確にしたうえで、対応が動き出すのです。

声のかけ方にも配慮があります。その日のうちに声をかけられるタイミングを探るほか、授業を担当する先生に「保健室に寄ってね」と書いた紙を預けておき、授業の合間に対象の生徒へそっと手渡してもらうこともあります。ほかの生徒には、どんな内容の紙が配られているのかまではわかりません。周りに気づかれないように、けれど確実に。この小さな工夫が、子どもと先生をつなぐ大切な役割を果たしています。

紙を受けとった生徒は、自分のタイミングで保健室を訪れ、養護教諭に話をしてくれます。そして聞きとった相談の内容は、必ず担任にも共有されます。担任は「だから担任以外を選んだのだな」と納得でき、嫌な気持ちになるどころか、むしろ安心して任せられる。そんな信頼関係が、このやりとりのなかで育まれています。

誰が、いつ、どのように関わるのかを学校全体で明確にし、対応した先生が一人で抱え込まないようにする。相談の入り口から、声かけ、聞きとり、そして共有まで——一連の流れが仕組みとして整えられているからこそ、学校全体で子どもを見守ることができているのです。早い段階で子どものサインに気づき、対応につなげられている。現場には、そうした確かな手ごたえが生まれています。

これから——子どもたちの未来を守るために

声に出せない子どもが、たくさんいます。苦しんでいる子どもが、きっとたくさんいます。大人の感覚では「そんなことで」と思ってしまうことでも、子どもにとっては深刻に悩んでいることかもしれません。

大人の基準で相談に値するかどうかを判断するのではなく、子どもが「相談したい」と思った、その気持ちに気づいて受けとめること。それだけで、守られる未来があるはずです。デイケンを活用することで、子どもたちの毎日の小さなサインに気づき、その未来を守ることができる——浜松江之島高校の取り組みは、そう信じて続けられています。

同じような課題に向き合う全国の学校にとっても、参考になる事例になればと思います。